TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

「ツールとして見るか、道具として見るか」の感覚の違い。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

今日こんな記事を読みました。

heapsmag.com

この記事で紹介されている個性的なフォトグラファー、ルイス・メンデスさん。

彼のフォトグラファー哲学が詰まったおもしろい記事なのですが、その文中にある彼の想いに共感できるポイントがありました。

今日はそこからもう少し話を拡げて書いてみようと思います。


「カメラがないと少しシャイ」の感覚

さっそく共感した文章を引用させていただきます。

「若いころ、ひどくシャイでね。女の子の近くに行くだけでドギマギして。でもコイツ(カメラ)を手に持ったら自信が湧いて心を開いて女の子にも話せるようになったんだ。いまでもコイツがいないと少しシャイなんだよ」と、すっぽり顔を覆ってしまうほどのカメラの影から話す。

この感覚、何だかとても分かるんです。

僕もかなり人見知りなので、大勢人がいる場所が苦手だったりするのですが、カメラを持ってることで、どこからか自信が湧いてくるんです。

それって何でだろうって考えたときに、自分が何より好きなことだし、それについて語れる自信があるからなのかなあと。

何だか心強い相棒を持ったみたいで、自身も湧くと同時に少しリラックスもできるというか。不思議な感覚に包まれることがあります。

何も持ってないときの自分と比べると、妙に前向きに人とコミュニケーションを取れたりするんですよね。


カメラを持つことで旅の幅も広がる

そして人見知りと言っておきながら、よく一人で海外に行ったりするのも、カメラがあるおかげなのかもしれません。

僕が初めて一眼レフカメラを持って、旅行に行ったのが大学生の頃。台湾を20日間ぐらいかけて一周したのですが、カメラを持って行ったことで、旅の幅がものすごく広がったんですよね。

人と話すきっかけになれば、写真を通じて広がる出会いもあり、間違いなくカメラがあることで、旅が有意義なものになったんです。

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それ以来、旅行先でストリートスナップを撮ることにハマってしまったのですが、僕にとってカメラは目の前の光景を記録するものであり、人と交流するきっかけにもなっていきました。

カメラをただのツールとして使うのではなく、徐々に"道具"として使う気持ちが芽生えた。だからこその感覚なのかもしれません。


最後に

ここまで書いてふと思ったのですが、道具が擬人化するアニメとかよくあるじゃないですか。あれとも感覚が違いのかもしれません…。

何れにしても、自分が使うものはツールとしてではなく、道具として使っていけたら最高だなあと思う、今日この頃です。

今日はこれにておしまい。
それではまた!