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TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

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いま、生きてますか?|映画「トイレのピエタ」

映画


どうも、佐田真人(@mst727)です。

自分の心に素直に、胸を張って生きる。そんな当たり前のことを恥ずかしいと思うようになってしまったのはいつからだろう。

「そんな夢みたいなものはとっととどこかに置いて、現実的に生きるのが吉だよ」と、誰かが語りかけてくるような気がする。

本当は反抗したいけれど、それでもそれが正しいと思う自分もいて、細やかな抵抗も虚しく、いつしかいまの現状を良しとし慣れてしまう。

そして誰もが一度はこう考える。「生きるってなんだろうか」と。

生きるとか死ぬとか、言葉にしてみると急に大層なことになってしまいがちなのだけれど、結構考えることってあると思います。

考え出すときりがないのだけれど、少なくとも生きている間は自分に正直に、かつ笑って終えれるような人生がいいよね、と漠然と思ってきました。

じゃあどうすれば胸を張って素直な人生を歩めるのでしょう。そんな漠然とした問いに対するアンサーはこの映画にあるのかもしれません。

「トイレのピエタ」。

ここからは映画のネタバレを含むので、気になる方は、鑑賞後に見ていただければ幸いです。

 

トイレのピエタ

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RADWIMPSのボーカル、野田洋次郎さんが初出演かつ主演を演じた映画作品「トイレのピエタ」。

その話題性からすでに見たことがある人も多いと思います。「トイレのピエタ」は生きることについてのお話。

画家としての夢を諦めた美大卒のフリーター園田宏(野田洋次郎)。


窓拭きのバイトをしてやり過ごしていたある日、突然意識を失い、病院へ運ばれてしまいます。

病院で目覚めた宏は、偶然出会った女子高生の真衣に妹役を頼み、一緒に病気の説明を受けるのですが、医師から告げられた病名は「胃がん」。残り3ヶ月の命。

突然告げられた余命宣告に、漠然とした恐怖を抱え闘病生活を送る宏。

しかし真衣や同じ病室の隣人、横田(リリー・フランキー)などの周りの人たちとの交流の中で、生きる光を見つけていきます。

淡々と物語は進んでいくのですが、主人公を取り巻く環境が妙にリアルなんです。

主人公の宏と女子高生の真衣を中心に物語は進んでいくのですが、二人は太陽と月のような相反する存在。

宏が死ぬことの辛さを抱えるものの、生きることを渇望するわけでもない。真衣は生きることの辛さを抱えながらも、生きる力がひしひしと伝わってきます。

そんな相反する二人は物語が進むにつれて、次第に共鳴していく姿は美しく、そしてどこか儚い。

 

世界ってさ、変わることなんて無くて、常に同じ高さなんだよね。だから残酷なのよ

トイレのピエタは、各登場人物の交わす言葉が印象的なのが特徴的。いくつか心に残った台詞があるのですが、そのひとつがこちら。

"世界ってさ、変わることなんてなくて、常に同じ高さなんだよね。だから残酷なのよ"

僕らは少しでも遠くに足を運べば、何か世界が変わるような、淡い期待を抱いてしまいまう。

良くも悪くも変わるのは自分自身のはずなのに、なぜか僕らは世界の方が変わってくれると信じて止まない。

ある意味、東京はそんなことを象徴する街なのかもしれません。

ときに東京は「とても夢があり、華やかなところだ」と感じる一方で、「無機質で色がなく、とても残酷なところだ」とも感じてしまう。

例えるならば先に戦地に出て敗れてしまった人たちが、「悪いことは言わない。お前はこうなるな」と語りかけてくるような。

トイレのピエタはそんな声に惑わされず、自分自身の生き方を全うしていく。そんな強さを取り戻させてくれる映画なのかもしれません。

周りの声に有無を言わさず「自分の人生なんでしょ。自分で決めなきゃ」と背中を押してくれるような温かさを感じました。

 

最後に

「あのね、なんかね、ぼく生きてますよ今、うん。」

自身が自分の人生を生きて行くためにはどうすればいいか。それは宏の最期の言葉に全てが集約されているのではないでしょうか。

僕はそれを真っ直ぐに胸張っていえる人でありたい。そう心から思います。

「いま生きてるなあ」って大げさなことではなく、過去に皆さんも感じたことがあるはずです。

それは誰かにとってものすごく楽しかったことかもしれないし、誰かにとってとても心の震えた瞬間だったかもしれない。

そんな瞬間はもう訪れないのか。答えは否。

ただただ今起きている現実に悲観的になることもない。もし少しでも悲観的に感じているのであれば、それはちょっとの工夫で少しプラスの方向に変えれるかもしれない。

何れにしても僕たちはこれからも生きるんだ。そして時折近況報告しましょうよ。いま、生きてますか?って。

今日はこれにておしまい。
それではまた!