TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

インターネットは公共の場だと再度認識した日。


どうも、佐田真人(@mst727)です。

昨日のアメリカ大統領選。一つの大きな出来事の結果を受けて感じたのは、インターネットがより身近に感じたことでした。

身近に感じたというと少し語弊があるかもしれないですが、インターネットは公共の場であると改めて思い知らされました。

今回の一連の流れの中に、インターネットとの付き合い方のヒントが隠されていると感じたので、少し書き残しておこうと思います。

 

大統領選の結果を受けて流れた数々の声

今回の大統領選の結果を受けて、twitterやfacebookには様々な声がタイムラインに流れてきました。

それは喜びの声であったり、悲しみの声であったり、自分の意見を主張している人であったり、それはもう様々です。

特にfacebookだと、普段は発信してない人たちが「今こそ!」と言わんばかりに発信しているかのような、長文がタイムラインに流れていました。

その中で違和感を感じたのは、非難の声がタイムラインに見られたこと。

タイムラインには書けないような乱暴な言葉を使用していたり、特定の人に向けた怒りにも近い感情が「非難」という形で発信されていました。

そのときにふと感じたのが、やはりインターネットは公共の場なんだなあと。大声で声を荒げている人がいれば、絶望して泣いている人もいる。

うまく言葉で表現できないですが、そんなタイムラインは夜の満員電車であり、夜の渋谷のようなイメージを抱きました。

 

一呼吸おいて俯瞰してみる

SNSが負の捌け口になりやすいことは皆さんも周知の事実だと思います。誰でもすぐに発信できてしまう環境だからこそ、つい饒舌になってしまう。

ついつい自分と身近に感じられるトピックがあれば、半ば衝動的に批判・非難したくなる瞬間があるのは事実です。


ただそんな時こそ一呼吸おいて、俯瞰してみる。

すると大きな声にかき消されていた、本来聴くべき小さな声が聞こえてくるかもしれません。

小さな声にハッとさせられる瞬間というのは必ずあります。何かを発信するのはそれからでも遅くありません。

 

最後に

SNSが渋谷のような街だとするならば、本来であれば誰もそこで急に声を荒げたり、誰かを非難することはしないはずです。

そう考えてみると、誰かを叩いたり非難してしまう行為はどう見えるでしょうか。

何はともあれ今回の一件は、良くも悪くもとても学びのある出来事です。自分自身も知らないことが多いからこそ、もう少し学んでみようと思います。

今日はこれにておしまい。
それではまた!