TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

謝罪はその先にある行動によって真価が問われる。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

先日、ふと「謝罪」について考える機会がありました。

「謝罪」といっても様々で、大きなミスをしてしまったときの謝罪から、日常の些細なミスの謝罪まで、状況によって異なります。

今日は「些細なミスの謝罪」について、思うところがあったので、自戒も込めて書いてみようと思います。

 

「申し訳ありません」を繰り返す人

何度も「申し訳ありません」を繰り返す人ってたまにいますよね。すこし前に謝罪していたかと思えば、また謝罪しているような...。

もちろん謝罪にも様々な事情があると思うのですが、謝罪を連発してしまう人ほど、些細なミスを繰り返している方が多いと思います。

そしてそれらがやがて大きなミスへと繋がってしまう。

大きなミスをしてしまった際に、ようやく小さな段階で改善の余地があったことに気づくのですが、時すでに遅し。

ではなぜ最初の段階で改善することができなかったのでしょうか。

それは何か問題を起こしてしまったとき、同じミスを繰り返さないために、具体的な改善策をイメージできていなかったからでしょう。

 

改善には科学的なアプローチが必要

「具体的な改善策」というとすこし難しそうに聞こえますが、決して難しいことではありません。

ただ些細なミスを繰り返してしまう人は、「頑張って改善します」と根性や気合いで乗り切ろうとしてしまう人が多いように思います。

「なぜミスをしてしまったのか」の「なぜ」の部分を考えず、科学的アプローチができてないのです。

「よく寝坊して遅れてしまう人」を例にしてみましょう。

些細なミスを繰り返してしまう人は、「次こそは頑張って起きるようにしよう」と、つい気合いに振り切ってしまいます。

一方で科学的なアプローチを考えた場合、まずなぜ寝坊してしまうのかを考えます。

そして朝起きるのが苦手でつい二度寝してしまうのであれば、なぜ二度寝してしまうのかを考え、自分が無理なく実践できるような改善策を考える必要があります。

二度寝してしまう原因が睡眠時間なのであれば、早めに寝れるような働き方に変えるなど、些細な工夫を心がけるべきでしょう。

些細なミスだからこそ、ついそこの改善策を考えることを疎かにしてしまいがちです。「申し訳ありません」を安易に使ってしまうのもそのためでしょう。

もしその繰り返しに慣れてしまっているのであれば、それは危険信号かもしれません。

 

最後に

人間なので当然誰でもミスをしてしまうことはあります。しかしその謝罪の真価を問われるのがその先の行動です。

ミスをしてしまった際に誠心誠意謝るのはもちろんですが、合わせて謝罪の先にある行動をイメージすることも、日々の生活で意識づけたいものです。

今日はこれにておしまい。
それではまた!