TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

いつまでも新しいことを学ぶ姿勢を忘れたくないなっていうお話。


どうも、佐田真人(@mst727)です。

今月、2年半行ってきたセールスからマーケッター兼ライターとなりました。仕事の内容も変わり、今はとても慌ただしい毎日を送っています。

でも、それがなんだか楽しいのです。もちろん疲れはするのですが、マイナスな疲れじゃない(心に余裕はないですが)。

なんでだろうなぁと考えていたのですが、できないことが徐々にできるようになっていく過程が楽しいのだろうなぁと。

もともと興味があり、習得したいスキルだったこともありますが、新しいことにどっぷり浸かる感覚が妙に久しい。

今日はこの久しい感覚をもうすこし、言語化しておこうと思います。

 

あの頃あった「好奇心」は間違いなく消えていく

昔あった好奇心はどこにいったんだろう...。時折そんな言葉を耳にします。僕も例外ではありません。

子供の頃は本当に知らないことだらけだったので、とにかく知らなきゃ気がすまなかった。知らないことに、若干の恐怖心を覚えていたくらいです。

そしてこの久しい感覚は、好奇心を入り口とし、なにかに没頭したときに感じるもの。例えると、学生の頃勉学に没頭したときの感覚に似ているなぁと。


英語の勉強をはじめ、読めないものが少しずつ読めるようになり、聴き取れないものが徐々に聴き取れる。その過程が楽しく思えたあの日々に。

ただ、少しずつ社会や現実に触れるにつれ、いつの間にか挑戦や、学びたいという気持ちをどこかに置き去りにしてしまうんですよね。

それは仕事においても同じ。何か新しいことに挑戦したいと思う前に、今の居場所に慣れ、ずっとこの場所に留まりたいと考えてしまう。

これって実はとても勿体無いことだなぁと、改めて思うわけです。どうせ働くのであれば、やはり楽しく働きたいし、自分の興味のあることに関わりたいですよね。

 

目の前のことをやりきることで見えるかもしれない「何か」

かくいう僕自身も、これまでの仕事に対して「慣れ」を感じ始めていたのかもしれません。自分の中のコンフォートゾーンを自ら作り上げていたんですよね。

ただそこからは本当の楽しさは見出せない。仕事においての楽しさは、やはり結果の後についてくるものだと思ってます。

だからこそまずは、目の前のことをやりきってみる。やりきろうとすると、自分であれこれ考えて行動を起こすと思うんです。

その過程で初めて見える「何か」があるかもしれない。それは自分が好きになれるもの、興味関心があることかもしれません。

少なくとも、自分の中の「できる」を増やしていくことで、自ずとその選択技も広がっていきます。それは下記のエントリーにも書いた通りです。

参照:「やりたいことがない」は本当?自分の「好き」を育てていく過程こそが大切だと思ったお話。 - TOKIORI

 

最後に

自分自身も微力ながら、新卒当初から掲げていた自分の裏目標を達成し、次の新しい領域に進む機会を得ることができました。

それは運ももちろんありますが、自分の興味のあることをすこしずつ、発信していたことも影響しているのでしょう。

だからこそ、目の前のことをやり抜くことに加えて、自分センサーを常に張り、準備しておくことも大切だと考えます。

好きなことはすぐには見つからないかもしれない。それでも自分の伸ばしたい分野やスキル、どういう人になりたいかは考えることができるはず。

そんな漠然とした想いや考えを、まずは言語化してみることから始めてみるといいでしょう。

なんだか話が逸れてしまいましたが、学びたい、挑戦したいという気持ちは、人生を生きていく上で、大きな強みになると感じています。

そしていつになってもそんな気持ちを忘れたくないなぁと思う、今日この頃です。

今日はこれにておしまい。
それではまた!