TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

大人にこそ観てほしいディズニー映画「ズートピア」を観て感じたこと。


どうも、佐田真人(@mst727)です。

前々から観たいと思っていたディズニーアニメーション映画「ズートピア」。少し前の話になるのですが、館内の子供たちに紛れて、ようやく観ることができました。

観る前までは、いつものディズニー映画だと思っていたのですが、いつものディズニー映画以上に考えさせられる内容となっていたので、良い意味で期待を裏切られました。

今日は「ズートピア」を観終わった後に、いろいろと考えを巡らせたことを、少し書いておこうと思います。

若干のネタバレ要素も含みつつあるので、観た後にチョロっと読んでいただけると幸いです。

 

ズートピアは夢を叶えてからのストーリーが中心。

「警察官になって、より世界を良くしたい」という夢を持つウサギの主人公、ジュディ。彼女は「ウサギは警察官になれない」という周囲の"普通"や"常識"といったイメージを見事拭い去り、晴れて「ズートピアの警察官」になることができます。

本来であれば、この夢を叶えるための過程にフォーカスしたお話でもおかしくないのですが、実際は夢を叶えた後のストーリーがメインとなってきます。(ここでは敢えて「目標と夢の違い」みたいなものは伏せておきます。)

ジュディが故郷を離れ、ズートピアに向かうシーン。このシーンに共感できる方も多いのではないでしょうか。「ここからが本当の物語の始まりなんだろうなぁ」とは思わずにはいられない、個人的に好きなシーンの一つです。

地方から東京に出てきた人、海外に出たことのある人。今までの環境から抜け出し、不安とワクワクが入り混じった謎の高揚感みたいなものは、誰もが経験したことがあるからこそ、共感を生むのだろうなぁと。

「〇〇になりたい」というのは誰かにとっての夢になりがちですが、このシーンはそれが一つの手段であり、実はそこからが始まりなんだよと、暗に伝えてくれているような気がしました。

 

僕が中国にいた頃のお話。

「ズートピア」はある種の偏見やマイノリティ、人々の固定観念に焦点を当てた内容になっているのですが、ふと中国にいた頃を思い出しました。

一歩外に出ると、今まで多数派だった「日本人」が、少数派の「日本人」になってしまう。海外に行かれたことのある方は、そんな経験をしたことがあると思います。

僕自身も中国にいた頃は、どうしても「日本人」というフィルターを通して見られることが多く、中国人と日本人の垣根で悩んでしまうことが多々ありました。

ただ、結局人はそれぞれの固定観念を持ち、自分のフィルターを通して誰かを見ていることには変わりないんですよね。

そんな当たり前のことに気づいてからというもの、相手の考えを否定することなく受け入れ、相手を肯定しようとする考え方にシフトしていきました。

たったそれだけのことなのですが、今までと世界の見え方が格段に変わったような気がします。なかなかうまく表現できないですが、そんな想いの過程が、まさにこの「ズートピア」で表現されていたのかなと。

ジュディの奮闘する姿を観ていて、改めてそんなことをふと思い出しました。

 

そう簡単に分かり合えない。それでも分かり合おうとする姿勢に心を打たれる。

皆誰もがウサギであり、キツネである。この映画の伝えたいメッセージはとても明確で、メッセージだけを抜き取ると、とてもシビアな内容にも思えます。

それを動物に例えることで、それぞれの個性や関係性が、ユーモアを交えて描かれています。そのバランス感が絶妙で、観ていてとても心地よい...!

誰だって傷つき、また傷つけながら、自分の中の偏見や固定観念と向き合い、人生を歩んでいく。それ自体は極端にポジティブでもなく、かといってネガティブなわけでもない。

でもそれで良いと思うんです。人は誰もが違うし、そう簡単に分かり合えるものでもない。ただ、それでも分かり合おうとする姿勢が大切なんじゃないかと思うわけです。

そんなある種の人間らしさを、このズートピアから感じました。

 

最後に

これはぜひ皆さんに観ていただきたい、オススメの映画です。少数の人たちで集まって観てみても良いかもしれませんね。

最近ディズニー映画をあまり観てなかったのですが、これを機に幾つかの作品を振り返って観てみても良いなぁと思いました。

今日はこれにておしまい。
それではまた!