TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

誰もが「ミニマリスト」になる必要はない。「ミニマリスト」に感じる違和感とその正体。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

先日、無印良品の有楽町店に行ってきたのですが、とある本コーナーには、ミニマリスト・断捨離系の本がズラリと並んでいました。

「収納系の本だけでもこんなにあるんだ...!」と思ってしまうほどの数だったのですが、まさに今の時代にフィットしているからこそ、ここまで話題になるのでしょう。

自分もどちらかというと、ミニマリスト的な考え方を持つタイプの人間なのですが、最近の「ミニマリスト」という言葉には、少し違和感を感じてしまいます。

今日は、そんな僕が考える「ミニマリスト」について、少し書いてみようと思います。 

 

「ミニマリスト」という言葉に感じる違和感

「ミニマリスト」という言葉が流行り始める前から、「モノを多く持つ生活より、限られたモノに愛着を持ち、大切に永く使う方が好きだ」と思っていました。

そして海外を旅したことをきっかけに、自分の身の回りのモノをある程度コンパクトにまとめることで、「こんなに身軽に移動できるんだ」と感動し、よりその考えが強固なものになっていったのかなと。

モノが多いと、やはり意識が分散してしまい、余計なことに気をつかってしまう。だからこそ、「自分の意識が届く範囲で、本当に好きだと感じるものを持つんだ」という考えにシフトしていきました。

そんなミニマリスト的な考え方は昔から持ち合わせていたのですが、最近どうも、「ミニマリスト」という言葉が一人歩きしているような気がします。

というのも「モノを減らして終わり」というような、「モノを減らす」という事象だけにフォーカスされてしまっているように感じるんですよね。

「モノを減らす」ことには大いに賛同するし、「最初の入り口」であることには変わりないのですが、モノを減らすことだけに執着してしまっているように感じてしまいます。

 

「ミニマリスト」という言葉に感じる違和感の正体

そんな「ミニマリスト」という言葉に違和感を感じつつ、いろんな人の「ミニマリスト」についてのブログを読ませていただいたのですが、なかなかこの違和感の正体を自分なりに言語化できずにいました。

そんなモヤモヤの中、「これだ!」と、この違和感の正体を言語化してくれたのが、隠居系男子の鳥井さんが書かれた、『断捨離派も収納派も、大掃除のポイントは「一度全部出して、自分の持ち物を全て把握すること」。』というエントリー。

この記事から少し、違和感の正体が書かれた部分を引用させていただきます。

自分にとってときめくもの、直感的に良いと思えるものなんて十人十色が当たり前。

だから、世の中の全員が今流行りの「ミニマリスト」になる必要も全くない。自分の「意識の円」の中に収まってさえいれば、それでいいんです。

ただ、じゃあなぜミニマリストがここに来て大きく持て囃されているのかといえば、「ミニマリストを目指すと、誰もが必ずこの感覚を味わえる、体験することができるから」だと思います。

モノに対して意識を向ける労力が減っていけば、自然に自分の「意識の円」の中に隙間が生まれてきて、他のことに対しても意識を向ける事ができるようになってくると。

そうすると、他のこと(仕事とか人間関係とか)も自然とうまく回り始めるんですよね、不思議な事に。その高揚感に多くの人がハマってしまい、もっとモノ減らしてもっと別のベクトルに意識を向けたいという人が続出しているのでしょう。

それが今「ミニマリスト」が持て囃される理由だと思います。 

引用元:断捨離派も収納派も、大掃除のポイントは「一度全部出して、自分の持ち物を全て把握すること」。|隠居系男子

参照:断捨離とかさ、別に難しく捉えるな!男子はとにかく身辺単純明快であれ! | 隠居系男子

この中でも、"世の中の全員が今流行りの「ミニマリスト」になる必要も全くない。自分の「意識の円」の中に収まってさえいれば、それでいいんです。"という部分の「意識の円」という言葉をみたとき、「ミニマリストに感じる違和感の正体はこれだったんだ!」と妙に腹落ちしたことを覚えています。

なにより、「ミニマリスト」という言葉に違和感を感じ始めた理由も、その「意識の円」の広さが、人それぞれ異なるからなのでしょう。

いま考えてみれば、その違和感を感じることも、至極当たり前のことだったのです。

上記の引用した部分は、そこに至るまでの背景が抜けているので、ぜひ上記の引用元URLから、読んでみてください。

 

無印良品が提案する"Compact Life"の例

上記の考えは、無印良品が掲げている、"Compact Life"にも通ずる部分があると思います。無印良品でみた"Compact Life"についても以下、引用しておきます。

「生活に本当に必要なものを本当に必要なかたちでつくる」

1980年に無印良品がうまれたときから、大切にしている考え方です。愛着のあるもの、大切にしているくらし、本当に必要なものは人それぞれ。一人ひとりが大切にしている感じ良いくらしを、"Compact Life"として提案していきます。

無印良品が考える"Compact Life"とは、ものを持たないことや小さく生活することではありません。無駄のないデザインと汎用性のある商品で、くらしを整え、住まう人の個性を生かした感じ良いくらしを実現することです。

無印良品のスタッフたちがお客様と一緒に考えてきたことや感じ良いくらしをおくる人たちのお話から、冊子"Compact Life"は、暮らしのヒントをみつけることをめざしています。

参照:Compact Life | 無印良品

自分が大切にしているモノや、その数は本当に人ぞれぞれ。ただ「モノを持たないくらし」をすることではない。

この"Conpact Life"の例も、先ほどの「意識の円」に大きく関係していると思います。

一人ひとりが大切にしている感じ良いくらしを、無印良品のように"Compact Life"というパッケージに落とし込むのか、はたまたその他のキーワードに落とし込むのか。

本や雑誌、メディアやリアルな場にしても、いま「くらし」に焦点を当てているものであれば、同じ文脈で捉えることができるでしょう。

ミニマリストの方も、そうじゃない人も、「意識の円」の広さがそれぞれ異なり、その広さにあったくらしを創造していけば良い。それが無印良品のいう"Compact Life"であり、少し前に見た & Premium のいう「整える。」なのかもしれません。

 

最後に

今回書いたことのように、意識の円の広さにあったくらしをすることは、何事にも通ずる部分があると思います。

自分もそれぞれの「意識の円の広さにあったくらし」を模索し、投げかけたいのかもしれません。

そんな僕の「意識の円」についてはまた近々、いろんな角度から書いていければと思います。

今日はこれにておしまい。
それではまた!