TOKIORI

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「会いたい人」に会うことの真意について。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

先日、隠居系男子を運営されている、鳥井さんにお会いさせていただきました。

「まだまだ会う機会は先になるんだろうな」と考えていた矢先のことだったので、今回ゆっくりとお話しすることができ、本当に楽しかったです。

今回は、鳥井さんとお会いしたその一連の出来事を通して感じた、「会いたい人」に会うことの真意について、少し書き残しておこうと思います。

 

「会いたい人には、まだ会うな。」の真意について

はあちゅうさんの「半径5メートルの野望」で書かれていたことなのですが、はあちゅうさん自身は、「会いたい人にこそ、気軽には会わないようにしている」とのことでした。

イケダハヤトさんもその内容を、自身の記事で取り上げていたのですが、イケダハヤトさんも同じように、会いたい人には自分から連絡がとったことがないとか。以下、少し内容の部分を引用しておきます。

「雲の上の人」に会っても、何の意味もないんですよ。時間の無駄なので、自分が雲の上に行くまでは、連絡を取るべきではないのです。…という考えを持っているのですが、はあちゅうさんも同様に、会いたい人には気軽に会わないようにしているとか。

 

ぼくも「会いたい人」は常に何人かいますが、結局のところ、自分から連絡を取った試しがありません。なんか迷惑だと思っちゃうんですよねぇ。
何より、はあちゅうさんの語るとおり、しかるべきタイミングで出会いが訪れるんですよ。会いたい人には、結局のところ、いつか会えるんです。生きて、自分を変化させつづけていれば。


引用元:人気ブロガー・はあちゅう氏の「人脈形成術」はとても正しいので、みんな真似した方がいいよ。 : まだ東京で消耗してるの?


そもそもお二人と比べること自体が恐縮なのですが、自分もこの二人の考え方には共感する部分がありました。

自分自身もやはり、自ら会いに行くことが、なんか迷惑だと感じてしまうし、「然るべき時に会えるはず...!」だと思っていました。

しかし今回、鳥井さんとお会いして改めて感じたのは、「その”然るべき時”は自分自身が自ら手繰り寄せていかないといけないと決して訪れない」ということでした。

以前の自分は、はあちゅうさんやイケダハヤトさんが、「会いたい人にこそ、気軽には会わない」と言っているのをいいことに、自分が感じる不安や恐れ、そして、もし会ったら、自分がすごいダメみたいなやつに思われるんじゃないかっていう、変なプライドにしがみついていたことに気がつきました。

そして知らぬ間に「会いたい人には会わないこと」の意味合いを、はき違えて考えていたのかもしれません。今回の出来事は、学生の頃なりふり構わず会いたい人に会っていた自分を、少し思い出させてくれました。

簡単に会えてしまう環境と、「会わないでおこう」と思う心境の変化

このように「会わないでおこう」と変にこだわってしまう背景には、昔より、簡単且つ気軽に人と会えてしまう環境が起因しているのかもしれません。

簡単に会えてしまう環境が整ったということは、当然リテラシーのない人が何の準備もなしに「会いたい!」って言ってくることも、ざらにあると思います。そしていざ会ってしまえば、お互いの時間を無駄にしてしまう、なんてこともしばしばあるのかなと。

自分の家に土足で上がられるようなことをされたら、拒んでしまうのは当然。相手の「会いたい」をただ一方的に押し付けられても、さすがに困りますよね...。

一方でそれを端から見ている人たちは、「仮に自分がその人と会っても、対等に話せるわけでもない、表面的な会話になってしまったらどうしよう」と、萎縮してしまうのだと思います。それはもう「いつも見てます!頑張ってください!」と芸能人に声をかけることぐらい、ナンセンスなものになってしまうのではないかと。

 

最後に 

今回鳥井さんとお会いして、自分が「会いたい」と思った時に、いかに自らその機会をつかみ取るか、そのタイミングや重要性について、改めて考えさせられました。

誰でもそうだと思うのですが、お互いのメリットにならなければ会うことなんてないと思います。だからこそ会ってもらうにはどうすればいいか、しっかりその前準備が必要なのだと思います。

次回は、そんな初めての人と会う前の準備、心得みたいなものを、自分なりに書いてみようかと思っています。

今日はこれにておしまい。
それではまた!