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TOKIORI

心地よい暮らしや理想的な働き方を模索する。

いまを生きる僕たちに必要なのは、何も考えない時間である。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

少し弱音を吐かせてください。

先週からずっと、なんだか変な疲れがたまってしまい、仕事以外で文字を見たくない状態が続いてました。

積読状態の本に読みたい記事のストック、挙げ句の果てにはfacebookやtwitterからも少し距離を置いてました。

自分が思っていた以上に無気力な状態が続いてしまったなあと。

そんな自分を救出してくれたのが、今日の本題である「何も考えない時間」について。

 

先週末のバーベキューがきっかけ

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先週末の出来事、今仕事で関わっている事業部のメンバーと、千葉までバーベキューに行きました。

それはもう自然豊かなところで、まだ程よく人も少なく、とてもおしゃれなところ。

朝から野菜を収穫したり、お昼はバーベキューして、食べたらアスレチックで遊んだり(間違いなく自分が一番楽しんでいた自信ある)。

思う存分楽しんだのはもちろん(本当はこの出来事だけで1記事書きたいぐらい)、久しぶりに何も考えない一日でした。

この何も考えなかった一日があったおかげで、とてもリフレッシュできたんですよね。思考がクリアになったというか、気持ち少し身体が軽くなったような気がしました。

 

何も考えない時間を意図的に取ること

今思えば何も考えずに、思いゆくまま今を生きたのは、いつぶりだろう。

僕は考えごとが止まないタイプの人間なんですが、どうやらいつの間にか迷路に迷ってしまっていたのかもしれません。

今までいろいろと詰め込みすぎた結果、どこかパンクしちゃったんだろうなあと反省しつつも、改めて何も考えない時間は大切だなあと。

過多な情報量をインプットしようと自分に負荷をかけてしまったり、無理にアウトプットしようとしんどくなってしまったり...。

今のこの世の中、いろいろとバランスを崩してしまう理由はたくさんあります。

もし本当の意味での生産性を重視するならば、「何も考えない時間」を意図的に作り出すことが大切なのかもしれません。

 

最後に

良くも悪くも何かと考えなければいけない世の中であることは確か。

しかしそれと同時に、何も考えない時間も定期的に確保しておく必要があると感じました。

そのように常に余白を作っておくことで、本当に考えるべきときにしっかりと考え切ることができるのでしょう。

そしてこのバランスをうまく保っている人こそが、魅力的に感じる人なのかもしれません。

今日はこれにておしまい。
それではまた!

アブラサスの「小さい財布」ひとつで気持ちが軽くなった。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

すこし前の話ですが、「マネークリップをやめた」という記事を書きました。

そんな時期もありつつやはり生活に馴染まなかったので、ミニマルな財布を探すことになります。

コインケースやカードケース、三つ折り財布、いくつかの財布を転々としましたが、最終的にアブラサスの「小さい財布」に落ち着きました。

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使い始めてもう2年近く経ちますが、現段階でのベストな財布です。

人は何か収納できるスペースを見つけてしまうと、ついその余白を埋めようと無駄なものをしまいがちです。

かといって全くスペースがないのも困ってしまいます。「小さい財布」はそのギリギリのラインを見事に突いている。

紙幣、小銭ともに十分入るスペースがあり、普段の生活であれば、全く問題ない収納力。

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カードの収納スペースには、ポイントカード、銀行のキャッシュカード、クレジットカード2枚。そして運転免許証の厳選した5枚が入っています。

ありがたいことに、自宅の鍵も取り付けれるので、キーケースは不要。

すこしデメリットがあるとするならば、それは収納した紙幣に折りたたんだ跡がついてしまうこと。

券売機に紙幣を入れにくくなったり、お支払いの際に申し訳なくなってしまいます。

この点は、折りたたみ財布のコンパクトさとトレードオフです。まだ妥協できるポイントだといえるでしょう。

人が意識を巡らせることができる範囲は限られている。「小さい財布」を使うようになってからというもの、忘れ物とはおさらばできました。

最低限スマホと財布にさえ意識を向けておけば、案外どうにかなるものです。財布ひとつとっても、気持ちが軽くなるものですね。

今日はこれにておしまい。
それではまた!

「読む」もいいけど「見る」もいいなっていうお話。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

今週、仕事終わりに「もう文字は見たくない!」という状態が続き、読みたい本や記事のストックが溜まってました。

時折くるこの文字疲れ。

そんなときは気持ちを切り替えて、音楽を聴いたり映画を観たりするのですが、そんなときにこそ訪ねたいと思うWebメディアがあります。

それが「RECO」。

reco-photo.com


カメラ好きの方であればご存知の方も多いと思うのですが、写真についてのコラムや、テーマに沿ったフォトセットを発信しているWebメディアです。

写真を見ていると、どこか懐かしい気持ちになったり、心が休まる瞬間があるんですよね。

写真と文字がスッと入ってくる。文字疲れしている時でも心地よく読めるんです。

reco-photo.com

「RECO」を見ながら、もしこんな丁寧なキュレーションメディアがあったなら、ついつい見てしまうだろうなあって。

写真と文字がうまく組み合わさった、リズム感のあるWebメディアは見ていて心地いい。

このブログが読んでもらうものであれば、見てもらえるようなWebメディア作りもしていきたいなあと思う、今日この頃です。

今日はこれにておしまい。
それではまた!

節目の日に着るスーツが好きだ。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

今日は2017年卒の入社式でした。

その入社式の中で「節目にちゃんとスーツを着る」というお話がありまして…。

この話を聞いて改めて、節目の日にスーツを着るという文化は素敵だなあと。

社会人のスーツと聞けば、日本ではあまりにもネガティブな印象を持たれがちです。

特にいま就職活動をされている人の中には、スーツを着たくないのに嫌々着ている方もいるかもしれない。

僕自身も就活の黒スーツに関しては、あまり良い印象を持ってなかったので、就活中にスーツを着たことはなかった。

しかしそれはスーツ自体が嫌いなわけではありませんでした。

どちらかというと何の考えもなしにスーツを着てしまっている就活文化に、嫌悪感を抱いていたのかもしれません。

「あの頃は若かった」といえばそれで済まされてしまうのですが、スーツを着ないという選択は、ちょっとした反骨心からくるものだったのでしょう。

むしろスーツは好きな方で、映画の影響からか、スーツはできる男の代名詞というイメージが強く、気品溢れる姿に憧れを抱くほどでした。

さて、話を戻すと。

節目の日にスーツを着るということは、少なからずその日を意識して挑むという、一種の心構えでもあります。

これから新しい人生が始まるんだというフレッシュな空気感、ああいうのはとても好きですね。

今日入社された方たちのスーツ姿を見て、とても微笑ましいというか、率直に良いなあと感じた今日この頃であります。

ところで、僕は私服だったんですけどね。

今日はこれにておしまい。
それではまた!

たまには空を見上げてみると、いいかもしれません。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

ふと帰り道思ったのですが、空を見上げてしまう癖があるようです。

こちらの記事にもすこし書いていますが、空を見上げる行為自体が好きなんです。

ちょっと疲れてたり、気持ちが沈んでいたとしても、どこか救われるような気がして、すこしだけ気持ちが楽になるような、そんな気がするんです。

いま抱えてる気持ちをそっと空に託すというか、一旦気持ちを預かってもらうような、そんな感覚です。

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奈良にいた頃は、空を見上げてはいろいろと考えごとをしたり、自転車で空の広いところを見つけては、ずっとそこで友人たちと話したりもして。

いま思うと、何だかとても贅沢な時間だったなあと。

だからこそ毎日が忙しなくても、たまには空を見上げてみると、気持ち的に楽になるかもしれません。

ほんとちょっとしたことなんですけどね。

もしかするともしか、ただいま帰宅中の方に見ていただけた際は、すこしでも何らかの参考になれば幸いです。